(再掲) がん食事療法の怪 ゲルソン療法からケトン食まで

がん関連

* 『週刊新潮』2017年8月31日秋風月増大号で掲載された記事の原文を一部抜粋・加筆修正

牛肉はダメだけど牛乳はよい。いや牛乳はNG、でも乳製品はよい。糖分は「がんの餌」だから絶対ダメ。だけどたくさんの果物摂取は必須。低体温はがんに良くないけど、体が冷えても野菜ジュースは大量に飲むべし。野菜に含まれる βカロチンの過剰摂取は発がんリスクあるけどね。塩は厳禁、岩塩はOK。昔の日本食、ことに縄文時代の食事は良かった……さっぱり意味不明ですが、素人医師がよく吹聴する奇怪な話です。

「藁にもすがりたい」がん患者さんの心理バイアスにつけ込む不誠実なエセ医学はなくなることはありません。その代表格をなすのが「がん食事療法」でしょう。国内では定着したビジネスモデルとなり、本屋の「家庭の医学」コーナーに行けば、それを扱う多くの書籍が棚を占める有り様。中にはベストセラーとなり、患者にとって有害なものも少なくありません。

本ブログでは、医師の立場で書かれた「がん食事療法」ベストセラー本にある数々の問題について取り上てみます。共通するのは、真偽が定かではない体験談を連ねるも、食事療法の有効性を証明する姿勢を一切見せないことでしょう。これは、エセ免疫細胞療法やインチキがんワクチンなどに携わる関係者にも言えることです。場合によっては、これら業界がすべて根っこで繋がっていることも少なくありません。

①『ガンと闘う医師のゲルソン療法』 (星野仁彦/マキノ出版)

著者である星野氏は、後述する「ゲルソン療法」の普及に長年努めている精神科医です。27年前にご自身がS状結腸がんを患って手術し、その後、肝臓に2箇所の転移(肝転移)を認めたといいます。本の記述では、当時の「5 生存率データは 0%」がことさら強調されています。ところが自分には奇跡が起きたのだと。しかしながら、ここで冷静に捉えないといけないのは星野氏が患ったのは「大腸がん」だということです。

大腸がんの肝転移は、ステージ IV であっても治癒する可能性が十分見込める疾患です。記述をたどると、彼の肝転移は 1cm 程度のものが 2個。それらに対してエタノールを注入する局所療法を受けており、結果はうまくいって腫瘍は 2つとも壊死したと書かれています。この時点で、星野氏の大腸がんは治ってしまったのではと私なら考えます。
 というのも局所療法がうまくいくという解釈は、肝切除やラジオ波焼灼術 (RFA) と同じ効果があった可能性があるからです。東大病院やがん研有明病院の治療成績データ (Saiura A. et al. World J Surg 2012; 36: 2171-2178) を参照すると、星野氏と同様な2個の大腸がん肝転移の生存成績は、肝切除のみで5年生存率は約 60% ほど。決して 0% ではありません。さらに、私の経験上でも、エタノール注入療法で治ってしまった転移性大腸がん患者さんを何人も知っています。そのような背景があるにもかかわらず、がんを克服できたのは、その後に行った「ゲルソン療法」の恩恵だと彼は主張し続けています。果たして、原因と結果の関係は正しいといえるでしょうか。

ゲルソン療法とは「がんになるのはがん細胞が好む悪い食事を摂っているからだ」と1930年代にドイツ人・ゲルソン医師が提唱したもので、トンデモ療法に他なりません。
 具体的には、天然の抗がん剤と称して1日に計 2-3 リットルもの大量の野菜ジュースを患者に飲ませ、厳格に塩分を禁じ、カリウムとビタミンB12、甲状腺ホルモン、膵酵素を補給させ、極めつけはコーヒー浣腸まで。肝臓のデトックス効果と代謝を刺激して自然免疫力をアップさせると言います。
 このゲルソン氏という人物。信頼できる医学論文を一切書いておらず、「天然の抗がん剤」の効果を示す根拠データも皆無で、言ってみれば単なる思いつき。成功例の報告も真偽が不明と無いない尽くしで、これまでに多くの死亡例や重篤な副作用が報告され、欧米では代替療法としてこれに近づかないよう通告がある、危険なオカルト療法とみなされています。

然るに、星野氏はゲルソン氏を天才と崇めるのです、こんな風に。
「ゲルソン療法は、数ある食事療法の中でも、効果は抜群です。私自身も、この療法を実践することによってガンの再々発から免れることができました。更に、私はこれまで何十人もの患者さんたちを指導してきて、(略)ゲルソン療法の効果は横綱級だと確信しています」

星野氏自身、ゲルソン医師と同様、真偽も不明な体験談を連ねるのみで、まともな学術論文を書いていません。この療法に頼ってしまったために、何の効果もないどころか、下痢、衰弱、電解質異常、そして急速ながんの病勢悪化など、大切な時間を奪われてしまった患者さんを私は何人も知っています。そして、みな「ゲルソン療法」を選んだことを後悔しながら命を落としていきました。 
 余談にはなりますが、星野氏という人物は福島に在るとあるクリニックで、精神科医の素人立場で抗がん剤を否定する代わりに高額なエセ免疫細胞細胞療法や高濃度ビタミンC点滴療法、高額サプリメント販売などの詐欺的ビジネスにも加担しているようです。

②『今あるガンが消えていく食事』シリーズ (済陽高穂/マキノ出版)

累計40万部以上のベストセラー本。著書は、先のゲルソン療法をアレンジした済陽式食事療法なるものを展開しているようです。
 前者と併せて共通するのは「言ったもの勝ち」のやり方。試験管の実験でも、動物実験でも、権威者の根拠もない言説でも、都合が良ければ何でも取りこんでしまいます。一方で、もっとも重要なヒトを対象にした信頼できる臨床データはほとんど登場しません。例えば、著者の「済陽式ゲルソン療法」では四足歩行動物 (牛、豚、羊) の肉食を禁じています。理由は、実験用ラットに動物性タンパクを過剰に投与すると肝臓に前がん病変リスクが高くなるというデータがあるからだと。

確かに「がん予防」という観点では赤肉・加工肉 (ハム・ソーセージ) の過剰摂取は、大腸がん罹患リスクとして確実視されています。とはいえ、これも程度問題。欧米諸国と比較して、日本は赤肉の平均摂取量がもっとも低い国のひとつです。また、冷静に考えていただきたいのは、予防と治療とでは全く違う話だということもお解りでしょう。

済陽氏のプロフィールをみると、4,000例の手術を手がけた外科医という背景があるので信頼が得られやすいのかもしれませんが、彼のことを外科医として評価する人を知りません。これまでまともな医学論文を書いた形跡もありません。ところで、一般向けの本には、済陽式療法の治療成績が示されています。最新のものを引用すると、対象はほとんどがステージIVの進行がん患者にもかかわらず、420例のうちなんと57例も完全治癒したとのこと。全体の有効率は61.2%。胃がん56.6%、大腸がん66.4%、前立腺がんは76.3%、乳がんは67.9%、悪性リンパ腫では86.7% 。そして、効果を印象づけるドラマチックな数々の体験談も示されています。

これら食事療法の効能がもし本当の話ならば、「人類のがん克服に貢献するノーベル賞級の業績」だと言えます。当然、学術論文として報告し、世界中の患者さん達にその素晴らしいやり方を届けようと努力すべきなのに、そうされないのはなぜでしょうか。
 済陽氏のクリニックに行かないと効果が発揮されないモノは医療ではなく、やはり「何かがおかしい」と考えてしまいます。 先の星野式も含め、ゲルソン療法中には様々なトラブルが発生します。がん患者さんに肉を禁じ、大量の野菜ジュースを毎日飲むことを強いるわけですからそれも当然。彼らの本の中に登場してくる体験談は、並行して行われている標準治療が著効した都合のよいケースであり、たまたまゲルソン療法中だっただけではないしょうか。

最後に、米国のゴンザレス医師が、ゲルソン療法を模倣することで提唱したゴンザレス療法 (膵酵素、多種サプリメント、コーヒー浣腸、大量の有機野菜ジュース) というものがあります。転移性膵がん患者を対象に、標準治療 vs ゴンザレス療法の比較試験が行われました (Chabot JA, et al. J Clin Oncol 2010; 28: 2058-2063)。

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結果は、ゴンザレス療法は明らかに生存期間を縮めるのみならず、患者のQOLも著しく悪化させることを示しています。星野式や済陽式が、ゴンザレス式と同じようにむしろ有害である可能性も否定できません。

③『ケトン食ががんを消す』 (古川健司/光文社新書)

これも著書が外科医という立場で書かれたベスセラー本で、オビにはこう書かれています。

『世界初の臨床研究で実証!末期がん患者さんの病勢コントロール率 83%』

当時、多くのメディアから華々しく取り上げられました。しかし、この本に書かれているデータを見て、ケトン食のがん治療効果を実証できたと結論づけてしまうのはかなり問題であると考えます。

古川氏は2016年の日本病態栄養学会において、「ステージⅣ進行再発大腸癌、乳癌に対し蛋白質とEPAを強化した糖質制限食によるQOL改善に関する臨床研究」という題で結果を発表されたようです。しかし、臨床研究と仰々しくは言っても、あくまでもQOLについて「自身の興味のあることを調べてみたら結果はこうだった、だからこういう事が示唆される」程度のもの。もともと抗がん剤がよく効く大腸がんと乳がん患者を都合よく選択して、標準治療とケトン食を併用した、わずか十数例ほどの症例報告に過ぎません。

ここで登場する「病勢コントロール=DR」とは、簡潔に説明すると、画像上、元のがん病巣がベースラインと比較して消失した場合(完全奏功=CR)、がん病巣が30%以上縮小した場合(部分寛解=PR)、そしてがん病巣が進行でもPRでもない場合(安定=SD)のすべてを含めた評価スケール(DR=CR+PR+SD)のことです。ということは、「病勢コントロール率 83%」は、ケトン食を用いなくても標準治療のみで十分に得られる成績です。情報に疎い一般読者に多くを語らず、数字だけで素晴らしい話であるかのように錯覚させるバイアスが隠されていることに注意が必要です。

冒頭に戻ります。古川氏の研究では、標準治療も一緒に行われていたのに、一体なぜケトン食の効果だと言えるのでしょうか。そして、QOLについて調べられた研究かもしれませんが、生存利益は一切示されていないのに、なぜケトン食ががん患者に有効だと唱えることができるのでしょうか。
 最後に、この医師のふるまいで大きな問題は、とあるエセ免疫療法クリニックの専任アドバイザーを務め、ケトン食セミナー (受講料: 6万4,800円) を開催しながら、エセ免疫細胞療法、高濃度ビタミンC点滴療法、がんワクチン、水素療法といった、得体の知れない詐欺的ビジネスに加担していることでしょう。この本のおわりにセミナー資料請求先が掲載されているのでくれぐれもご注意ください。
 付記になりますが、古川氏も先の済陽氏も同じ大学病院の外科で教育を受けていたようです。この大学病院の外科出身者とインチキ療法との親和性が非常に高い傾向にあるのは、われわれの業界ではよく知られています。大学病院としていろいろ問題を抱えていることは周知ですが、がん患者さんに対して平然と詐欺的営為が働くのは、なにか教育の在り方に大きな問題があるのではないしょうか。

目下、国内では倫理やモラルの観点から「エセ医学」そのものを裁くような法的規制がないため、日本は先進諸国の中でもっともインチキ医療に寛容な国であるとも言えます。だからこそ、「がんが消える」「がんが自然に治る」にみられるセンセーショナルながん克服本のようなものを手にとる際には、批判的吟味を賢く働かせながら、妄信しないよう慎重に読み進めていくことを心がけて欲しいと願います。

大場 大

大場 大

東京目白クリニック院長 医学博士 外科学・腫瘍学・消化器病学の専門医。大学病院レベルと遜色のない高度な医療が安心して受けられるクリニック診療を実践しています。

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コメント

    • 藤本弘記
    • 2021.05.17

    大場先生
    FBでお世話になっています。
    いつも本当に有難うございます。
    何とかしないといけませんね。

大場 大

大場 大

外科医 腫瘍内科医 医学博士     1999年 金沢大学医学部卒業後、同第二外科、がん研有明病院、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科 助教を経て、2019年より順天堂大学医学部肝胆膵外科 非常勤講師を兼任。2021年 「がん・内視鏡・消化器」専門の 東京目白クリニック 院長に就任。これまでになかった社会的意義のある質の高いクリニックを目指す。書籍、メディア掲載、講演、論文業績多数。

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