(再掲) がんは「治る」のか「治らない」のか

がん関連

医学の分野で「がん」ほど医療の現場と患者さんの常識が乖離しているケースはないかもしれません。一口にがんといっても、さまざまな種類が存在します。身体のどの部位・どの臓器にできたのか、進行程度や悪性度はどうなのかによって治療方針や治療結果については個別にすべて異なってきます。

治癒を目指した時に、胃がん、大腸がんの場合は、手術で治せるがんの代表例といってもいいでしょう。また、抗がん剤に対する感受性の強い白血病のような血液のがんや男性の精巣腫瘍などは、抗がん剤の投与のみで治癒をめざすことが可能です。一方、食道がんや頭頸部がんの場合、手術と同等な利益が得られるのであれば、形態や機能を温存できる放射線治療も念頭に置くべきだと思います。

がんは、その大きさや深さ、そしてリンパ節、他の臓器への浸潤・転移の有無といった進行度合いによって、病期 (ステージ) が決まり、治療成績もそれぞれ異なります。もしも原発巣から離れて他臓器に転移を認める場合、いわゆる「ステージⅣ」となり治癒はむずかしく、がんと上手に共存していくことが治療の目的となります。その場合、緩和ケアも並行して重要な治療となってきます。

もちろん、早い段階で発見できれば、かなりの確度で治癒が期待できます。その場合、根治性を維持しながら、できるだけストレスの小さな治療方法も選択可能となります。内視鏡的切除などがそれに相当します。

実はここに、患者さんのリテラシー、すなわち、情報を正しく吟味し、大切な意思決定に生かしていく能力が求められます。そうでないとがんというリアルを突きつけられた際、思考が止まり続け、根拠のない安易なエセ医学に引っ張られかねないからです。
 時間とお金のみが一方的に奪われ、後戻りのきかない後悔を抱えている患者さんは少なくありません。

がん治療の現場では、標準治療とか先進医療という表現が使われます。標準治療は、安全かつ有効であることが臨床試験でしっかりと証明された「推奨レベルの最も高い最良治療」とされていて、日本ではほとんどにおいて保険診療として受けることが可能です。
 一方で、米国で標準治療を受けようとすると、個人で民間保険会社と契約をしておかなければ、非常に高額な治療費が請求されます。中には、高額な治療費が原因で破産してしまう家庭も少なくないようです。
 「海外では…」のような憧れのまなざしもあるかもしれませんが、総合的には日本の方が恵まれていると考えてよいでしょう。一方で、各保険会社が特約商品として躍起になっている「先進医療」については、現段階ではまだその有効性が十分に確立されていないテスト段階の暫定治療なので、治療費は自己負担となるわけです。

先進医療で代表的なもののひとつとして「粒子線治療」があります。よく「切らずに治す」との謳い文句で注目を集めていますが、万能治療でも魔法の杖でもありません。現在の進歩した放射線治療を凌駕するエビデンス、つまりより優れていることを証明した根拠はほとんどありません。しかし、患者さんは「なん百万円も払うのだから見返りは必ずあるはず」と思ってしまうのでしょう。要するに、何のがんで、どのような状況に対して粒子線治療を選ぶべきかどうかを冷静に考える必要があります。

免疫療法はかなり要注意です。それを語ってよいのは、商品名オプジーボやキイトルーダに代表される免疫チェックポイント阻害薬のみで、それでも重篤な副作用が生じることもあり、抗がん剤の一種として慎重に扱われます。しかし、多くのクリニックで行われているインチキ免疫療法は、本当に治療として成り立つのかどうかさえ不明なモノばかりです。にもかかわらず、不当な広告をネット上で展開し、「あきらめない」「ステージⅣでも治った」という甘言を囁きながら、藁にもすがりたい患者さん心理につけ込む高額ビジネスの横行が絶えません。

膵神経内分泌腫瘍で亡くなったスティーブ・ジョブズ氏も最初は様々な民間療法に陶酔したようですが、最後には標準治療を真剣に受けたとされています。このエピソードは、いくらお金を積んでも治らないものが治るような、誰かが隠し持っているハイグレードな治療は世には存在しないことも意味します。
 もはや身近にある「がん」は、人生や命に関わる重要なテーマです。しかし、「治る」「治らない」の二元論で扱う病気ではありません。治らなくても、決して敗北事でもありません。また、お金を払いさえすれば解決できる病気でもありません。だからこそ、普段からリテラシーを育み、賢い患者になることが求められます。そして、なによりも心から信頼できる主治医と巡り合えることもとても大切なことです。

大場 大

大場 大

東京目白クリニック院長 医学博士 外科学・腫瘍学・消化器病学の専門医。大学病院レベルと遜色のない高度な医療が安心して受けられるクリニック診療を実践しています。

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大場 大

大場 大

外科医 腫瘍内科医 医学博士     1999年 金沢大学医学部卒業後、同第二外科、がん研有明病院、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科 助教を経て、2019年より順天堂大学医学部肝胆膵外科 非常勤講師を兼任。2021年 「がん・内視鏡・消化器」専門の 東京目白クリニック 院長に就任。これまでになかった社会的意義のある質の高いクリニックを目指す。書籍、メディア掲載、講演、論文業績多数。

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