6年ぶりの新刊『最高のがん治療、最低のがん治療』(扶桑社新書) が9月2日に出版されます

がん関連

はじめに (先出し)

新型コロナウイルス感染症という未曽有のパンデミックが発生し、現在もなお新たな流行の兆しが払拭されない日常が続いています。皆さんにとっても身近なリスクであるからでしょう。現在、医学の話題といえば決まって新型コロナウイルス関連の話ばかりがワイドショーやSNSを賑わせています。真っ当な情報も中にはあるにせよ、根拠のないものがあふれ、言い切り型のコメンテーターの垂れ流し、数字やエビデンスを歪曲して都合のよい話にすり替えるエセ専門家の台頭、医師でありながらトンデモ情報を流布する愚行などが目に余ります。それらを目にすると、さすがに、直感的に感情を揺さぶられるような聞こえのよい医学情報には批判的な吟味が必要だと実感される方は少なくないはずです。
 当時、著名人らが宣伝に奔走し、特効薬として国家をあげての狂騒をみせたアビガン(一般名ファビピラビル)も、今はどこ吹く風。米国の規制当局では有効性どころか安全性すら危ぶまれている抗寄生虫薬イベルメクチンを東京都医師会会長が推奨する始末。これらの事例だけでも、政府や医師会を含めて、サイエンスの欠如や医学リテラシー水準の低さを露呈してしまいました。
 では、新型コロナウイルス感染症よりも専門的かつ深刻な病で、生涯罹患リスクが2人に1人という身近な「がん」について、情報コントロールの質はどの程度かというと、まだまだ未熟だと言わざるをえません。これは個人のみに向けられた話ではなく、国家、社会、自治体、そして同じ医学業界に対しても同様に言えることです。その結果として、この国は、世界でいちばんと言っていいほど、エセ医学や詐欺的医療が蔓延しやすい土壌となってしまいました。しかも、法的整備は期待薄のままです。
 従来型の「沈黙は美徳」を破り、最近では専門医師たちが現場から声をあげるようになってきたおかげで、以前よりはそのような悪事象に対して批判的な吟味ができる方たちが増えてきたように思います。そうは言っても、金儲けをしたい当事者らはあの手この手と策略を練りながら、なかなか手綱を緩めてはくれません。
 もうひとつ懸念があります。昨今よく聞かれるようになったフレーズ「標準治療はベストな治療」。これまでそう訴え続けてきた当事者のひとりですが、慎重な解釈が必要です。なぜならば、それは「根拠のない治療」の対義を示した概念にすぎず、標準治療の「実践(プラクティス)」まで考えると、選ぶ病院、選ぶ医師によって明らかな標準治療の「質の格差」が存在するからです。したがって、標準治療を受けさえすれば、患者さんは安心、満足が必ず得られるのかというと、決してそうではありません。下手に標準治療を施されると、不利益にしかならない場合も少なくないでしょう。さらには主治医との信頼関係も重要な要素となってきます。
 医療者側の立場を越えて俯瞰すると、患者さんにとって最も大切なことは、診察室や病院を出たあとの生活、人生においていかに幸福を見いだせるかだと思います。それをサポートしてくれる最高の治療と出合えるかどうか、あるいは選択できるかどうかを決めるうえで、やはり個々でリテラシーを研磨しておく必要性がありそうです。
 本著の目指すところは、いろんな切り口で現場にあるさまざまな問題を明らかにしながら、医学の進歩とともに氾濫する情報を少しでも取捨選択しやすく、患者さんにとって真に有益で安心できる医療とは何かを、読者の皆様に共有していただくことです。
はじめから冗長になってしまいましたが、一人でも多くのがん患者さんの不安や心配をなくし、少しでも幸せな楽しい日々を過ごすことができますよう、本書がほんの少しでもお役に立つことができれば幸いに思います。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

大場 大

大場 大

東京目白クリニック院長 医学博士 外科学・腫瘍学・消化器病学の専門医。大学病院レベルと遜色のない高度な医療が安心して受けられるクリニック診療を実践しています。

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大場 大

大場 大

外科医 腫瘍内科医 医学博士     1999年 金沢大学医学部卒業後、同第二外科、がん研有明病院、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科 助教を経て、2019年より順天堂大学医学部肝胆膵外科 非常勤講師を兼任。2021年 「がん・内視鏡・消化器」専門の 東京目白クリニック 院長に就任。これまでになかった社会的意義のある質の高いクリニックを目指す。書籍、メディア掲載、講演、論文業績多数。

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