いまこそ子宮頸がんワクチン接種の「積極的勧奨」再開を

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新型コロナウイルスワクチンについて、ようやく医療従事者向け接種も落ち着き、今月の中旬以降に一般向けの接種が始まります。正直なところ、まだ確固たる有効性・安全性を示すエビデンスが揃っていないこと、急性期にいろいろな副反応 (副作用) がみられやすい特徴があることから、私自身、快く接種したかと言えばウソにはなりますが、医療者としての責務としてワクチン接種を終えました。
 コロナ禍の話題のみが中心となっている自粛生活の日々が続く中、今後、みなの関心事の中心となってくるのは、新型コロナウイルスに対するワクチンの話でしょう。東京目白クリニックでも豊島区住民 65歳以上を対象に、5/19よりワクチン接種を開始いたします。日々、ワクチン接種予約の電話対応に追われ、ワクチン希求への大きさを実感しています。

反ワクチン主義者としての近藤誠氏

 さて話は変わりますが、がん放置理論で名のある元慶應大学病院放射線科医師・近藤誠氏についてご存知でしょうか。医療への恐怖心、医師への不信感につけ込み誇大にリスクを煽ることで、極めてシンプルな “がん放置” という方策を広く認知させることに成功した人物です。その近藤氏は反ワクチン主義者としても有名です。彼の著書『ワクチン副作用の恐怖』(文藝春秋 2018年)からほんの一部を抜粋します。

心臓死の危険がある“川崎病”は、日本での発症率が世界一。乳幼児にとって脅威となっていますが、原因が不明とされてきました。しかし、その多くにBCGその他のワクチンが関与しています

脳に生じる後遺症が重大です。ワクチンは四肢マヒや知能低下のように、副作用とすぐ知れるもののほか、意外な病気を発症させます。たとえば“ナルコレプシー”(眠り病)です。新型インフルエンザに対するワクチンがその原因になりました。ワクチンによって活性化された免疫細胞が、脳組織を破壊したのです。これを“自己免疫疾患”といいます。またB型肝炎ワクチンは被接種者の一部に、脳の自己免疫疾患である“多発性硬化症”を発症させるようです。ほかのワクチンも、自閉症や認知能力の低下などとの関係がいわれています

ワクチンに対して漠然とした知識しか持っていなければ、このように吹聴されると、「ワクチンは怖いな、恐ろしいな」という印象をきっと抱いてしまうはずです。近藤氏のみならず、世の中には反ワクチンを唱えるイデオロギーの強固な人たちがたくさんいます。最近ではSNSを利用した煽動活動が非常に巧みだともいわれています。今回の新型コロナウイルス・パンデミックというリアルを前に、そのような類の人たちは、いったい何を考え、自らどのような行動様式をとっているのでしょうか。

いま、われわれは真に有効な治療薬を手にしていない状況で、新型コロナウイルスワクチンの普及によって防衛策を張りながら、目に見えない新型コロナウイルスと対峙している最中です。一方で、マスク着用の習慣によって「他人へ感染させない」ということを認知できるようになったことは非常に大きな価値観の変容だと思われます。人と人とのディスタンスを意識する習慣も然りです。自分さえよければいいという利己中心から、他人に感染させてはいけないとする「利他へのシフト」が、部分的にでも通常化できているこのタイミングだからこそ、ほかのウイルス感染についても横断的に考えてほしいと思います。

「日本は国をあげてのワクチン未接種という人体実験をしている」

そこで、今回、一緒に考えていただきたいのは「ヒトパピローマウイルス (HPV)」についてです。性交渉によって、人から人に感染し、感染の慢性化によって前がん病変とされる異形成から子宮頸がんが発生するウイルスです。とはいっても、決して女性だけが対象の話ではなく、大勢の男性がウイルス感染役を担っていることを忘れてはなりません。さらに、HPV 感染が原因である疾患は子宮頸がんだけにとどまりません。最近増えている中咽頭がんや、ほかにも肛門管がん、陰茎がん、膣がん、など。尖圭コンジローマという再発を繰り返す性器のイボもそのうちのひとつです。

HPV は、新型コロナウイルスとは違って、ウイルスの全貌が解明されており、適切なタイミングでワクチンを接種できれば感染自体をブロックすることが可能です。HPV 感染者をゼロにすることが可能であるばかりでなく、その先にある子宮頸がん患者もゼロに近づけることが出来るのです。それにもかかわらず、国内ではいまだに年間で新たに1万1000人以上の女性が子宮頸がんに罹患し、3000人近くが亡くなっている現状を決して看過してはなりません。

昨今、病原性の高い9タイプの HPV をすべてカバーする新しい HPV ワクチンも国内承認されています。子宮頸がんの撲滅を目指すことのできる、安全で有効なワクチンがすでに身近に存在しているにもかかわらず、蓋然性の極々わずかな因果関係も否定されている副反応リスクを誇大に煽る個人、団体、メディアの煽動活動によって、いまだになお HPV ワクチンは「積極的な接種勧奨の差し控え」のままとなっています。先進諸国の中では、唯一日本だけの行状です。

定期接種ワクチンであるにもかかわらず、適切な情報不足のため、現在の対象年齢接種率は1%にも満たないといわれています。海外の知人からいわれた次の言葉には心苦しくなります。
「HPVワクチンの接種率がほぼゼロに近いまま看過している日本は、まるで国をあげての人体実験をしているようだ」
このままでは、世界中から子宮頸がん大国と揶揄されてもやむを得ない状況だということです。

CIN3の出現頻度を減らしても、浸潤した子宮頸がんの発生を防げたというケースは、世界に一例もない

先の近藤氏による一貫した言説ですが、これは、詭弁にほかなりません。もちろん、HPV 感染の慢性化が、死亡リスクのある浸潤がんにすぐに変化してしまうわけではありません。浸潤がんの手前で高度異形成、上皮内がんといわれる過程があります。それらは「前がん病変」(CIN3)と称され、適切な治療を受けずに長年放置されると、約30-40%が浸潤がんに移行するリスクも報告されています (Lancet 2004; 364: 249-56 / Lancet Oncol 2008; 9: 425–34)。
 一方で、若年女性を対象とした HPV ワクチン接種ある/なしの臨床試験によって、数年ほどの観察期間とはいえ、「前がん病変」の発生を90%以上抑える効果が証明されています (N Engl J Med 2007; 356: 1915-27 / Lancet 2009; 374: 301-14)。
 感染からがん発生まで観察するのに十年単位の長期間を要します。その期間中、もしHPV ワクチン未接種に割り付けられた被検者の方が「前がん病変 (CIN3)」だと診断されたらどうされるでしょうか。良識のある方であればきっと放置せずに、その時点で適切な治療を受ける方が大部分のはずです。
 したがって、マウスのような動物実験ではなくヒトを対象にした臨床研究である以上、倫理的な側面を考えれば「浸潤した子宮頸がん」発生の差まで示すデータを出すことが難しいのは当然でしょう。良識ある読者であれば、「前がん病変」の発生を阻止できれば、その先にある「浸潤がん」も防げることは、容易に察しがつくはずです。ところがHPVワクチン薬害訴訟弁護団からも近藤氏の主張とまったく一致した声が聞こえてきます。

HPVワクチンは、「子宮頸がんワクチン」と呼ばれていますが、子宮頸がん自体の発症予防効果は証明されていません。臨床試験で確認されているのは、癌になる前の細胞の異常状態(異形成)を抑制する効果だけで、その効果も限定的です。- (HPVワクチン薬害訴訟弁護団 ホームページより)

周知のごとく、日本では2013年4月に小学校6年生-高校1年生の女性を対象に、他の先進国に遅れてようやく定期接種が開始されました。しかし、接種後に「身体の広範な痛み」「倦怠感」「しびれなどの神経症状」などの異状が報告されたことから、わずか2カ月後の同年6月に、厚生労働省から HPV ワクチン接種の積極的な勧奨が一時中止とされました。この事態以降、医学、政治、メディアとの相互間で、厄介で大きな捻じれを生み出すこととなります。
 具体的には申し上げませんが、一部マスメディアは、症状で苦しむ少女の映像やネガティブなニュースを前面に出し、HPVワクチンのリスクを誇大に煽る報道を繰り返しました。さらには、2016年6月には被害者とされる63名が国と製薬企業を被告として全国4地裁で一斉提訴に踏み込む事態となっています。

WHOや各国は、科学的根拠に基づきながら器質的疾患と HPV ワクチンとの因果関係を否定していますが、ワクチン接種後に少女たちに何らかの原因不明な症状が出現し、今もなお苦しんでいる一例一例の事実は重く受け止めなければいけません。もちろん、ワクチンがゼロリスクでないことも理解しておく必要があります。そして、思春期にある「機能性身体症状」という病態への理解が乏しいまま、ワクチンとの因果関係が証明されていないからと突き放してしまう医師がいる限り、残念ながら一度失った HPV ワクチンへの信頼を取り戻すことは難しいのかもしれません。
 しかしながら、蓋然性の低いリスクばかりに固執し、身勝手にワクチン自体の有効性に疑義を呈したり、本来、ワクチンの恩恵に与れるはずの多くの日本人若年女性が発がんリスクに晒され続けている事態は大きな問題であると言わざるをえません。
 ワクチンの安全性リスクについて誇大に論じ、いまでも浸潤がんのために子宮を失うリスクや命までも落とす重篤なリスクについて等しく取り上げないのは、確証バイアスの典型だともいえます。

新型コロナウイルス感染症ワクチンに躍起になるのもよいですが、少子化問題、女性活躍の大きな足枷となる「マザーキラー」と呼ばれる子宮頸がん撲滅のためにも、皆さま一人ひとりの頭がウイルス対策に対してホットないまだからこそ、政府にはHPVワクチンの一刻も早い「積極的な接種勧奨」に向けて重い腰をあげていただきたいと願います。


大場 大

大場 大

東京目白クリニック院長 医学博士 外科学・腫瘍学・消化器病学の専門医。大学病院レベルと遜色のない高度な医療が安心して受けられるクリニック診療を実践しています。

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大場 大

外科医 腫瘍内科医 医学博士     1999年 金沢大学医学部卒業後、同第二外科、がん研有明病院、東京大学医学部附属病院肝胆膵外科 助教を経て、2019年より順天堂大学医学部肝胆膵外科 非常勤講師を兼任。2021年 「がん・内視鏡・消化器」専門の 東京目白クリニック 院長に就任。これまでになかった社会的意義のある質の高いクリニックを目指す。書籍、メディア掲載、講演、論文業績多数。

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